没ネタ供養

没ネタにしてはちょっと長いんですが、どこに需要があるかわかんない話になっちゃったので、ここに置いておきます。
鉄三+仙→越で、越野はでてきません。悩める青少年な仙道君が偶然出会った三井さんに恋愛相談をするお話で、時系列は本編一年後の設定です。
鉄三要素も匂わせだけでCP感はぜんぜんないです。卒業後、偶然再会した鉄男(更生済み・過去に体の関係あり)となんやかんやあって寄りを戻して、いまは半同棲中、みたいな感じ。


 ――あれ、お前。
 そう後ろから声をかけられて、ああ見つかっちまった、と誰にともなく呟く。短い逃避行だった。
 逃避行。
 自分で思い浮かべた言葉に、自分で笑う。
「……仙道か?」
 振り向けば、そこにいたのは湘北高校の三井だった。正確には、去年まで湘北高校にいた三井だ。この春からは念願かなってスポーツ推薦をもぎとり、海南大へ進んだのだと彼の後輩から聞いて知っていた。
「お久しぶりです」
 そう言った瞬間、体の横を大型トラックが追い越していく。ごう、と低く風を切る音が鳴った。テールレンプの軌道を目で追いながらガードレールに腰をおろし、三井が傍へ寄るのを待つ。ガードレールの向こうには、黒々と蠢く海があった。今日のような曇り空の夜には、空と海の境目もあいまいになる。
 やや離れたところに立っていた三井は、眉を寄せて黙り込んだあと、肩を怒らせて足音も荒く仙道に近づくと、ぐっと力強く仙道の右腕を掴んだ。その手の熱さに驚いてから、自分の体が思いがけず冷え切っていたことに気付く。
「お前……ちょっと来い、こっち」
 はやく、と三井が押し殺した声で怒鳴った。
「ガッコー指定のジャージなんか着てこんなとこ歩く馬鹿がいるか! しかも半袖ってお前……」
 校名の入った部活指定のジャージズボンに、真っ白いTシャツ。仙道が着ていたのはそれきりだった。対する三井は当然ながら私服姿で、タンクトップにスウェットパンツというラフな格好ではあるが、上にはきちんと防寒用のパーカーを羽織っている。ゴールデンウィークが明け、昼間はもう夏に入ったと言っていいような陽気が続いているが、朝晩はまだ風が冷たい。まして、もう日付が変わるころだ。寒いに決まっている。
「はあ」
「はあじゃねえよ、ったく……」
 三井はあいかわらず強い力で仙道の腕を掴んだまま辺りを見回すと、仙道の巨躯を引きずるようにしながらずんずんと歩き出した。見つかってしまった以上逆らう理由もなく、腕を引かれるままについていく。
 その強引さに、少し笑った。
 他校の先輩に怒鳴られた。それもなんだか可笑しかった。
 仙道は最低でも一日一回は怒鳴られる男だ。田岡監督に、副キャプテンの越野。授業がある日は、各教科担任にも。
 越野、怒ってるかなあ。
 怒ってるに決まってる。そのうえ、呆れてるかも。
 もしかしたら、心配してくれているだろうか。
 ――いや、ねえな。たぶん、めちゃくちゃ怒ってるだけだ。
 と、そんなことを考えているうちに、目的地へ着いたようだった。
 それほどの距離は歩かなかったから、二人の間に落ちる重々しい沈黙も別段気にはならなかった。もとより気にするタイプでもない。三井もその沈黙を放ったまま、大きな通りを一本左折し、道沿いにあるガレージ然としたちいさな店へと入っていった。もう店じまいをしているようで、店内は暗い。その奥にある、事務所かなにかへ続いているらしいドアの明り取り窓だけが明るかった。
 中古のバイク屋なのだろうか、店内には数台の大型バイクと無数のパーツが所狭しと陳列されている。辺りを漂うオイルの匂いに、仙道は、ふと実家に置いたままにしているマウンテンバイクの行方を思った。乗っていた頃からろくに整備もしていなかったし、今頃はきっと粗大ごみ扱いだろう。
 三井は躊躇う様子もなくバイクの間を縫っていくと、勝手知ったる様子で電気をつけ、明かりのついたドアをわずかに開けて隙間に頭をつっこみ、おおい、と気安く声をかけた。
「鉄男ォ、ちょっと店先借りんぜ」
 そう言いながら、三井は返事を待たずに畳まれていたパイプ椅子を二脚広げた。狭く雑然とした店内で、ドアの手前、季節外れの反射式ストーブが置かれたあたりだけがぽっかりと空いている。ストーブの横には年季の入ったスタンド灰皿があり、その下にはビールの空き瓶が点々と並んでいた。
「まあ、座れよ」
 三井が言う。促されるままパイプ椅子へ座ると、仙道の重みに耐えかねたのか、薄い座面から軋んだ音が鳴った。向かいあうように三井も座る。礼のひとつも言うべきだろうか、と彼のほうへ顔を向けると、ちょうどその真後ろから見知らぬ男がぬっと顔を覗かせ、眠たげな三白眼でじっと三井の後頭部を見た。
「おい、三井。煙草は?」
「悪ィ。途中でバスケの後輩拾っちまって」
 その言葉に、男がようやく仙道を見る。怪訝そうにひそめられた眉の下で、色の薄い虹彩が品定めをするように上下に動いた。
「湘北じゃねえよ。よそのガッコのやつ」
「……あァ、道理で」
「あの例の道あんだろ? コイツ、あそこにいやがってよ」
「へェ」
 男は一切の興味が無さそうに相槌を打つと、タンクトップ越しに腹をかきながら三井の横をすり抜け、店から出て行ってしまった。ややあって低いアイドル音が聞こえ、ぶわぁん、と大きな排気音が轟く。
 そのまま遠ざかっていくエンジン音をぼんやりと聞いていると、三井は勝手に店内にある小型の冷蔵庫を開き、その中から一切の遠慮もなくビールとコーラの瓶を取り出した。王冠どうしをぶつけ合わせて器用に栓を開け、コーラのほうを仙道に手渡し、自分はそうそうにビールへと口をつける。
「いいんすか」
「ああ、まあ、いいんじゃねえの。売りもんじゃねえし」
「はあ」
 どうも、と頭を下げ、仙道も冷えたコーラに口をつけた。反射的に背筋が粟立ち、ぶる、と体が震える。それを見咎めたらしい三井が、面倒そうにおおきくため息をついた。
「――ほれ。鉄男んだから、入るだろ」
 そう言って渡されたのは、シングルタイプのライダースジャケットだった。オイルと煙草の匂いが裏地にまで染みついている。
「いいんすか」
 と、再び問う。いまさらながら、けっこう怖そうな人だった。
 けれど三井はあっけらかんとした顔で「まあ、いいんじゃねえの」と先ほど同様の答えを繰り返してから続けた。
「あいつももう更生してっしさ。ジャケット借りたぐれーでスポーツマン殴るような真似はしねえよ、たぶん」
「はあ」
「だから、はあ、じゃねえっつの」
 言葉の荒っぽさのわりに、三井はとくべつ怒っているふうでもない。こういう先輩は陵南にはいないなあ、と当たり前のことを思った。
 陵南はわりあい新造の私立高校で、一般入試で入ろうとすればそれなりの学力が必要な進学校だ。そうは言っても、超がつくほどではないから、派手な身なりの生徒もそれなりにはいる。だが、その程度だ。更生が必要なほどの非行とは無縁の者がほとんどだろう。
「さっきの人も湘北なんですか?」
 そう尋ねながら、借り物のジャケットを肩にひっかけた。袖を通すのはさすがに躊躇われたのだ。それでもTシャツ一枚よりはよほどましで、なんとなく人心地がつく。
 尋ねられた三井は「まさか、ちげーよ」と驚いたように言った。
「さすがの湘北にもあそこまでのはいねーって」
「そうなんすね。俺、高校からこっち来たんで、そういうのよくわかんなくて」
「ああ、そうだっけ。下宿してんのか?」
「学校にアパート借りて貰って、そこ住んでます」
 自分で聞いたくせに「へえ」と気のない返事を返した三井は、それきり口を噤むと、パイプ椅子の背凭れに深く体を預け、一定のペースで淡々とビールを傾け続けた。
 しんと静まった店内に、表を行き交う車やバイクのエンジン音だけが響く。
 仙道は三井のことをよく知らない。
 中学時代は県でMVPを取るほどの選手だったらしいということと、陵南のスカウトを蹴って湘北へ行ったらしいということ、二年間もコートを離れていたらしいということ。魚住や彦一から伝え聞いた情報はそれくらいで、あとはコートの上で見たことだけが、仙道の知る彼の全てだった。
「……三井さんって、不思議な人ですね」
 思ったままを思ったまま言葉にすると、三井は眉を跳ね上げて仙道を見た。
「ああ?」
 そのいかにもな反応に、思わず苦笑が漏れる。コートを離れていた間はずいぶんとグレていたらしい、という噂はなんとなく聞いたことがあったが、鉄男とかいう友人のことと併せて考えても、どうやらそれは紛うことなき真実のようだ。
「なんで俺のこと拾ってくれたんすか」
 頬に苦笑を浮かべたまま、そう尋ねる。三井はちょっとばかり意外そうに目を瞬き、それから、納得したように軽く頷いて言った。
「――ああ。あの道さ、この辺のお巡りの稼ぎ場なんだよ。昼間なんかしょっちゅうネズミ捕りしてっし。私服なら放っといたんだけど、そのカッコじゃあな」
 その言葉に、なるほど、とますます苦笑が深まった。運が悪ければ職務質問、もっと運が悪ければ、補導もあり得たわけだ。
「心配、してくれたんすか」
「そりゃすんだろ。私学のスポ薦が補導なんて、おめえ、大事件だぜ」
 三井は「大事件」というわりにのんびりとした口調で言うと、ひときわ大きな角度で勢いよく瓶を傾けた。もう最後の一滴だったらしい。酔ったふうもないので、よほど飲みなれているか、アルコールに強い体質なのだろう。
 三井は空いた瓶をそのままスタンド灰皿の下へ置くと、また冷蔵庫へ向かい、今度は灰皿の上に置かれていた使い捨てライターの尻で栓を開け、また、のんびりと言った。
「朝まで寝てくんなら寝袋出すし、いま帰んならタク代出してやっけど」
 どーする、と、それは実に軽い口調だった。
「え」
 と、思わず目を見開いた仙道に構わず、三井は同じ口調で続ける。
「鉄男、ここ住んでんだわ。俺も元から泊まるつもりだったし、金なら宮城にでも預けといてくれりゃいいし、別にどっちでもいーぜ」
 そのなんということもない口振りに、仙道のほうも思わず「そうなんですね」と場違いにのんきな返事をした。
 夜道で偶然拾った後輩を勝手に友人の店舗兼自宅へ泊めようとしている三井は、二本目のビールを傾けながら立ち上がり、慣れた様子で冷蔵庫の横にあるスチールラックを探りはじめる。ラックに並べられた収納ボックスをいくつか開き、しばらくして「おー、あったあった」と嬉しそうに言った。
「ちっとカビくせーけど、まあ、一晩くれー大丈夫だろ」
 その言い方からして、寝袋を探していたのだろう。案外世話好きな人なのか、度を越えたお人好しなのか。どちらにせよ、仙道は戸惑った。三井がぞんざいに放り投げてきた親切は、ありがとうございますと素直に受け取るにはいささか大きすぎるような気がしたのだ。
 けれど、断るという選択肢がないことも、十分に理解していた。いま外へ出てしまっては、また補導の危機だ。ここへ泊まるか、返すあてもない金を借りるか。三井にかける負担を考えるのなら泊まるべきだし、見ず知らずの鉄男のことを考えるのなら、まだいくらか面識のある三井にタクシー代を借りるべきだ。
「……あの」
 そう声をかけると、三井は「ああ?」とまた乱暴に返事をして振り返った。けれどその表情はやはり別段怒っているとか苛立っているとかいうふうではなくて、それがなんだか妙に可笑しかった。
 だからだろう。つい、聞いてしまった。
「なんであんなとこ歩いてたんだ、とか、聞かないんすね」
 三井は収納ボックスから寝袋を取り出そうとする中途半端な姿勢のまま固まって、ぱちぱちと不思議そうに目を瞬いている。
「聞いてほしかったんか?」
 と、その言葉に、今度は仙道のほうが目を瞬いた。そして、知らず知らずのうちに強張っていた体から、ふっと力が抜けた。
「……あー、別に、そうでもねえっす」
「だろ?」
 笑いながらそう言われて、仙道も思わず笑い返した。
「聞いてほしくねえってわけじゃないんすけど、なんか、うまく言葉にできねぇっていうか、言ってもしょうがねえっていうか」
 まとまらない言葉をまとまらないまま口に乗せ、頭を掻く。
 自分が考えていることを話すのは、昔からあまり好きじゃない。
 自分と同じ速さで走れない友達に、なんで俺と同じように走れないのと聞くのはいけないことだ。仙道がそれを学んだのは、確か小学校の三年生になる頃だった。
 ミニバスをはじめてすぐ、仙道はあっという間に学年で一番うまくドリブルができるようになった。身体も昔から大きかったから、すぐに上級生に混じって練習をするようになった。
 みんな、すごいね、と口々に褒めてくれた。だから仙道も、そんなに難しいことじゃないよ、みんなにもできるよと笑って返した。
 何人かの同級生が、ある日突然口をきいてくれなくなった。
 あの子に嫌われたみたい、と相談すると、みんながこぞってその同級生を無視しはじめた。
 仙道くんこれ好きだって聞いたから、と、知らない女の子が身に覚えのない食べ物を差し入れてくるようになった。隣の席の子が髪を短く切ったのを可愛いと褒めたら、次の週には学校中の女子のあいだでその髪型が流行っていた。
 歳とともに、つねになんとなく煙に巻いたような話し方をするようになった。
 難しいことはなにも考えていないふりをするようになって、だんだん、バスケのこと以外は本当にあまり考えないようになった。
 一人でぼんやりとする時間が増えた。
 海は好きだし、魚も好きだ。なにも言わないし、なにも聞かない。
 仙道のことを褒めたり怒鳴ったりしないし、好きとも、嫌いとも言わない。
「三井さんって、ほんと、不思議だなあ」
 仙道が感嘆のため息とともに言うと、三井は「心外だ」とばかりに歯を剥き、わざとらしい怒り顔を作って言った。
「人を珍獣みてーに言うんじゃねー」
 その「珍獣」という単語になんとなく親近感が湧いて、いつになく饒舌になった。
「俺なんか、毎日珍獣扱いですよ。なに考えてんのかわかんねー、とか、これだから天才は、とか」
「だってわかんねーもん」
 そうあっけらかんと言われて、苦笑が漏れる。
「まあ、そうっすよね。俺も三井さんがなに考えてるかなんてわかんねーし」
「わかったら怖えーよ」
 三井は笑いながらそう返すと、寝袋を地面におろし、ビールを傾けながらまたパイプ椅子へ座った。どこかが錆びているのか、ぎい、と軋んだ音が鳴る。
 それからしばらく無言の時間があって、次に口を開いたのは、三井だった。
「……夜道をうろうろ徘徊してるようなガキに、事情なんか聞くもんじゃねえの。たまに自分からペラペラしゃべりたがるヤツもいっけど、無理にしゃべらせたところでよ、ガッコー辞めてえとか親殺してえとか言い出されても、なんも出来っことねえだろ。その後の面倒まで見きれねえし」
 その言葉の物騒さに驚いてから、きっとこれは彼の実体験に基く考え方なのだろう、と仙道は思った。
 冷たく聞こえるが、誠実であるとも言える。
 三井も、自分の力でも他人の力でもどうしようもない問題を抱えて、夜道をうろうろと徘徊したことがあったのだろう。
 そう思い至った途端、この人になら言ってもいいかも、と思った。
「……面倒見て貰わなくていいんで、やっぱ、聞いてもらえますか」
 仙道が言うと、三井は軽く肩を竦めて「いいぜ」と笑った。その言葉に甘えて、誰にも言っていなかった秘密をひとつ、そっと胸の奥から取り出して、舌の上に乗せる。
「なんか俺、男が好きっぽくて」
 仙道の秘密は、三井をほんの少しだけ驚かせたようだった。
「……へえ」
「それについては別に、悩んでないんですけど。気付いたのも最近だし」
「高校入ってからってことか?」
「そうなりますね。最初に好きになった男が、いまのチームメイトなんで」
 もののついでにそこまで言ってしまうと、三井は「なるほどね」と納得したように言い、深々と背凭れに体を沈めて続けた。
「そーいう甘酸っぱい感じの恋愛相談は専門外だぜ。ヤリ方わかんねーんで教えてください、ってんなら話は別だけど」
 その意味深な言葉に、つい体が前のめりになる。
「え、三井さん、知ってんすか」
「知ってっし教えてもいいけど、ここで実習はナシだぜ。座学だけ」
「……それもそれで興味あるんすけど、本題は甘酸っぱい系です」
 前のめりになった体を元に戻しながら言うと、三井は悪戯っぽく笑って「残念」としばらく放っていたビールをちびちびと呷った。その急に年上らしさを増した顔をちょっとばかり恨めしい気分で睨みながら、本題へ移る。
「こないだ、ついに言っちゃったんですよ、好きだって。結構覚悟して言ったんです。怒るかなとか、嫌われるかなとか、避けられっかなとか」
 そしたら、と一度言葉を切って、目を閉じた。
 その時の光景がはっきりと瞼の裏に蘇って、じんわりと苦い気持ちになる。
「……全っ然、本気にしてもらえませんでした。仙道がまたわけわかんねーこと言ってら、って、そんな感じ」
 ――はあ!? お前、わけわかんねーこと言ってる暇あったらさっさと着替えろよっ、この遅刻魔!
 と、マシンガンのようにそう言われた。
 お前のこと好きなんだけど、と言ったら、そのあとに続けようとしていたいろいろな言い訳とか説明とかいったものをばっさりと遮られて、そうすげなく言い切られてしまったのだった。
 仙道の告白を聞いた三井は、その顔にほんの少しだけ同情の色を浮かべて言った。
「そりゃあ、まあ、わからんでもねーわな……。例えばよ、ありえねー話だけど、流川あたりが急に『先輩、好きっす』とか言ってきたら、俺もそういう反応すると思うし」
 と、無口で不愛想な後輩の物真似付きで言った三井に、思わず苦笑が漏れる。
「なんで流川……」
「ほら、あいつも”なに考えてんのかわかんねー”系だろ?」
「そうっすけど」
「流川みてーのが俺のこと好きになるって状況がまずありえねーし」
 三井のその何気ない言葉が、なぜだか無性に胸に刺さる。
「……そう、っすかね」
「あの顔に、あの才能だろ。男なんかに走んねーでも、元から選び放題じゃん」
 畳みかけるようにそう言われて、つい尖った声が出た。
「顔と性別はともかく、モテんのに才能とか関係あるんですか」
 詰るように問われた三井は「そうくるか」と愉快そうに笑って言った。
「関係ねーと思うよ。でも――なんかさ、お前とか流川とか見てっと、やっぱ、別世界の人間って感じもするわけ。悔しいけど」
「俺、ちゃんとこの世界の人間っすよ」
「知ってるよ」
 そう言った三井は、二本目のビールを空にしながら続けた。
「でもやっぱ俺みたいな半端モンはさ、お前とか流川を見て、妬みとか僻みとか、そういう汚い感情と無縁じゃいられねーわけ。だから、あいつらは天才だから、別世界の人間だから、って壁を作って、無意識に自分を守ってんだ」
「まさに珍獣扱いだ」
「はは、かもな。……しっかし、誰がどんなことで悩んでるかなんて、喋ってみなきゃわかんねーもんだな、実際」
 三井が場を仕切りなおすように明るい声で言った。
「俺、そんなに分かりにくいっすかね」
「どーだかなあ。むしろ案外ガキっぽい悩みで安心したぜ、俺は」
 励ますようにそう言われて、逆にぐっと言葉に詰まる。
 ガキ臭いことで悩んでいる自覚はあった。いまは選手としてもチームとしても大事な時期だ。今年こそは全国の舞台に陵南高校の名前を轟かせたい。キャプテンとしてもエースとしても、仙道の両肩に圧し掛かる重圧はおおきかった。
 そんな時に、こんなガキ臭いことでうじうじと悩み、あわや補導寸前という危険まで冒したのだ。言い逃れは出来ない。
「……俺ってガキだし、頭もわりーし、ほんとはキャプテンなんて向いてねーんすよ」
「そーかね」
「バスケは好きっすけど、集団行動は昔っから苦手だし」
「あー、ぽいなあ」
「憧れられんのとか、追っかけられんのとか、そういうのもほんとは好きじゃない。流川とか桜木みてーに、待っ正面から馬鹿正直にぶつかってくる奴らは嫌いじゃねーっすけど」
「ふうん」
「褒められんのも頼られんのも嬉しいけど、正直疲れる。ほっといてほしい時に追っかけ回されて、追っかけてほしいときにほっとかれて……もう、やんなって」
 そう言いながら、すぐ強烈な自己嫌悪に襲われた。歪んだ口元を両手で覆い、膝に肘をついて項垂れる。
「――お前さ」
 三井が言った。
「辛いんならもうちょっとそれっぽい顔しろよ」
「え」
「意地張ってねーで、みっともなく泣いて縋ってみりゃあいいんだ」
 三井はそう続けると、軽く握った拳で仙道の額を小突いた。
「……意地、張ってますかね、俺」
 小突かれた額を抑えながら三井の顔を見あげると、ちょうどそのタイミングでバイクのエンジン音が近づいてきた。
「お、帰ってきた」
 三井はそう言うと「よっこいしょ」と億劫そうに立ち上がり、店の入り口に向かってのんびりと歩き出した。
「鉄男ォ、なあ、こいつ泊めていーだろ?」
 その問いの向こうから「ああ?」と体温の低い声が返ってくる。
「俺が使ってた寝袋あんべ? あれに寝かせっからさ」
「ああ」
「あとで干そうぜ、あれ。なんかカビくせーもんよ」
「ああ」
 と、ほとんどは三井が一方的に喋り、そうしている間に店内へのっそりと戻ってきた鉄男が、またあの色素の薄い瞳で仙道を値踏みするように見る。
「……ったく、スポーツマンってのはほとほと面倒な生きモンだな」
 鉄男はそれだけ言うと、それきり仙道には一瞥もくれず、奥の部屋へと引っ込んでいった。その背中を唖然と見つめていた仙道に、遅れて戻ってきた三井がからりと笑いかける。
「ほれ、大丈夫っつったろ」
「はあ」
「俺は中で寝てっから、起きたら勝手に出てけよ」
「……はあ」
 三井の手が仙道の後頭部を乱暴に撫で、行儀の悪い脚が床に転がされていた寝袋を蹴った。その姿に、思いがけず頬が緩む。
「じゃあお言葉に甘えて、一晩お世話になります」
 改まって頭を下げた仙道に、三井がくすぐったげに笑った。
「おー、世話んなっとけ。ま、ここ鉄男んちだけどな」
「はは、確かに」
 仙道もつられて笑い、情けなく眉尻を下げる。今日はつくづく情けない姿ばかりをさらしているな、と思った。
 けれどそれが嫌でないのが、自分でもなんだか妙に可笑しかった。

以上です。
前後に仙越エピソードくっつけて仙越メインのお話にしようかなと思っていたのですが、気力が全然続かなかったです……。
なんというか、絵面先行型であんまり構成とか真面目に考えてないパターンのお話です。冒頭の夜道を歩く仙道と、鉄男の暮らすガレージに転がり込んでいる三井の絵面が書きたかっただけという。
しかし、仙道君ってほんとに書くのが難しいですね~。年相応な少年っぽく書きたい気持ちもあれば、試合中の超然とした感じをそのままに、浮世離れした存在のように書きたい気持ちもあって。
難しいな~!

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